header image
Shichiya Shibari – 質屋縛り
March 8th, 2010 under Behind the Scenes, NuitdeTokyo. [ Comments: none ]

Sugiura Norio

NuitdeTokyo reports on the latest Sugiura Norio (杉浦則夫) photo shoot.

In Japan, pawn shops are known as ‘shichiya‘ (質屋). Due to kanji homonyms, however, the word can also be read as ‘7-8′. Predictably enough, ‘going to the 7-8′ was once upon a time slang for going to the pawn broker.

Given that pawn shops are typically refuge to an array of wealth and treasures, they used to be built around a robust ‘kura‘ (倉), a large concrete vault which not only discouraged burglary but was also resistant to earthquakes and fire.

Unsurprisingly, some of these pawn shops of old are still upright today. One such shichiya, not far from the Tokyo Dome/Big Egg baseball palace and the Korakuen amusement park, is today a functioning studio for TV and movie productions. And it is exactly here where, one snowy morning, we were all to gather: Master kinbaku (緊縛) photographer Sugiura Norio (杉浦則夫), three of his assistants (including his two sons), a rope worker (縄師) going by the name Osada Steve (長田スティーブ), the model of the day, the incomparable Asagi Ageha (浅葱アゲハ), one make-up artist and yours truly.

Now, did I mention that snow was lining the streets and that, more pertinently, pawn shops from yesteryear don’t exactly have central heating? As a result, whenever there was a break of some kind everybody would swiftly huddle together around the only kerosene stove in the house.

In spite of (or perhaps due to) its lack of modern amenities, the location is still popular with those putting together kinbaku productions and can be rented for roughly $1,500/day. Indeed, the late Akechi Denki (明智伝鬼) had a certain fondness for the place, and even held one of his birthday bashes there.

Sugiura Norio is quite the traditionalist. As such, he prefers Read more »


杉浦則夫緊縛撮影現場レポート
March 8th, 2010 under Behind the Scenes, NuitdeTokyo. [ Comments: none ]

Sugiura Norio-1


by NuitdeTokyo

この日の撮影は、古くは明 治の時代から現存する古い日本家屋で行われた。戦火を生き延びたその建物は、昔質屋として使われていた。

今年の日本で一番の寒さが 記録されまだ雪が残る中での撮影は、日本が誇る緊縛写真家の権威である杉浦則夫と彼のアシスタント三人、モデルは杉浦作品初の浅葱アゲハ、そして縄師としてこれも初めての参加となる長田スティーブ、ヘアメイク、そして取材兼アシスタントとして同行した私、 NuitdeTokyoで行われた。

さて私はすでに、その日ま だ道路は雪で凍り、旧時代からのこの質屋にはエアコンなどの暖房設備が無かった事を記していただろうか?撮影に休憩が挟まれると、全員が全員灯油ストーブ の周りを囲み暖を取る状況であった。現代的なインテリアなどはなにひとつ無いこのスタジオは色々な緊縛撮影で頻繁に使われており、故明智伝鬼もこの場所を 気に入って誕生日イベントに使用したこともあるそうだ。

杉浦則夫は、伝統主義者 だ。彼は古いセット、現代の人に見捨てられた小屋、そして苦悶する女性を、写真に収める。またこの巨匠は、撮影に常に大きな柱を持ち込み、モデルの体から 放射状に走る縄をそれに括りつけることも特徴である。

セッティングが終わり、朝 一番の撮影が始まった。杉浦が今回の写真シリーズをなんと名づけるかは分からないが、私には「富豪令嬢の苦悶」の物語に見えた。黒いストッキングと黒いド レスを身に着けた若い令嬢である浅葱アゲハと、彼女に縄で苦痛を与える担当である長田スティーブ。(写真参照)

撮影が進むにつれ、黒いス トッキングは脱がされ、処女娘の雪花のような腿と臀部はむき出しにされ、ライトのもとに晒されてゆく。令嬢にさらなる責めを加えるため長田は縛りに大きい 竹を加え、彼女の体はよりみだらな姿勢を強いられた。実際、浅葱の胸に最初の縄をかけた瞬間から長田はすでに現在の彼ではなく、100年前にその時代その 場所にいた人物のようであった。まるで長い間屋敷の娘に恋焦がれ、ついにその体を意のままにできる時を獲た庭師のように。

杉浦作品の縄に馴染み深い 人であれば、杉浦がモデルの表情に大変な重きを置いていることはご存知と思われる-苦痛で追い詰められた、苦悶の表情。建物の屋根が雪で覆われ、室内に暖 房が無い状態でのモデルの”自然な”表情ならば、「私に暖を与えてくれれば、いくらでも苦痛を受け入れます」といったものであった筈だが、ここで私は浅葱 アゲハが、(彼女がちょうど前日まで風邪で高熱を出していたばかりであったにも関わらず)寒さに凍えて死にそうな表情ではなく、あくまで力強く苦悶と官能 の甘美な表情をもって、撮影の中自らを追い詰めていたことは賞賛しなくてはならないだろう。

杉浦作品のもうひとつの キーポイントは、杉浦がとにかく速く動く、ということである。  もう一度言おう。とても速く動く。アシスタントや縄師に怒鳴りつけるように指示を出しながら、ポイントを定め、アングルを変え、ものすごい速さでシャッ ターを切っていく。それは縄師にも多大なプレッシャーを与え、この日は、縄出しを助け、使った縄を纏めていかなければならない私自身の指にも、私が長田ス ティーブの助手となってから最もプレッシャーがかけられていた日でもあった。私は長田が縛るよりも速く縄を纏められる、と思っていたがこの日、悟った。杉 浦の撮影のスイッチが入り、長田がその指示に対応していくそのテンションには、この世界のどの人間もそのスピードについて縄を纏めていくなんてできないだ ろう、と。

冷たい畳の上で12時間ひ たすら縄を纏め続けるその作業には、鉄の神経が必要だ。だが私がこの日なんとかやり遂げることができたのは、長年禅の修業を積んできたおかげだろうと思 う。

午前の撮影が終わり短い昼 食を済ませると、二階での撮影に移行した。畳が多く、雪のあととはいえ、窓からの日当たりもいい。この東京は建物が密集していて、ともすればこの緊縛撮影 の様子も隣の建物から見えてしまいそうだ。

伝統的な日本の家には、高 さ1.7mほどの床の間というものがあり、美しい日本画の掛け軸が飾られていることが多い。この質屋も例に違わずで、だがこの撮影ではその日本情緒を芸術 の為ではなく、縄を絡ませられた裸の浅葱を括り付ける為に使われた。畳の上で厳しい姿勢での胡座縛り(捕縄術では海老縛りともいわれる)を強いられた浅葱 の体には、半ダースまたはそれ以上の縄がかけられ、またそれらの縄が床の間の上部にある鉤に通されてゆく。これはそれらの鉤がいかに滑りやすかったかと人 間の指の本数を考えれば、言葉にするのは簡単だが実際に行うのは大変に困難なことで、手伝いに来ていた緊縛雑誌の出版社社員の助けがあったのは幸いだっ た。社員の彼にとってこの撮影が初めての冬の現場でなかったことは、彼が冬用の厚手のスポーツソックスを着用していた事からも見受けられた。

撮影内容は徐々に厳しく なっていき、杉浦は浅葱にまず手ぬぐいで猿轡を噛ませ、鎖でつながった錘でもって彼女の体に責めを加えていった。猿轡の奥から涎が垂れ、加えられた錘によ る苦痛で声にならない悲鳴があがり、苦悶の涙が幾筋にもなって頬を流れていく。

写真が音声を記録しないの は残念であると言わざるを得ないが、撮影の様子は一日に渡ってビデオに納められていた。私はこれらが杉浦則夫ウェブサイトにて公開されることを楽しみにし ているところである。

この比較的快適な場所での 撮影は終わり、今度は蔵での吊りの時間となった。最初のカットは長田スティーブが目下特許懸案中の太腿吊りから始まった。緊縛撮影は一定の時間内で展開さ れるショーと違い、様々な無茶な吊りが施される場合が多いが、この時もまさにそれで、浅葱が彼女の肉体の耐久力と、追い詰められた精神の限界まで超える気 概を示した瞬間であった。

休憩無しでの一時間程の吊 りの後、長田がやっと、彼女を下ろし少し休ませるように提言した時、杉浦は、スティーブは常にモデルに優しくて紳士的すぎるがアゲハには特別優しい、とか らかい、私は黙ってただひたすら縄を纏め続けていた。

最後のカットで照明は落と され、竹に括り付けられた浅葱の手に握らされた白い蝋燭がほのかなあかりを灯すと同時に、彼女の体に熱い雫を垂らしてく。暗闇の中をか細い悲鳴が流れ、夜 は刻々と深まっていった。

夜9時、12時間に及ぶ撮 影がとうとう終了した。撮影の間ほぼずっと裸であった浅葱に私が撮影の感想を聞いたとき、彼女は微笑んでこう言った。「凄く恥ずかしかったですし過酷でし たが、杉浦先生とスティーブ、二人のテンションのお陰で、私もとても頑張れました。」

 

*この日撮影された写真 は、杉浦則夫ウェブサイトでご覧いただけます。

http://www.sugiuranorio.jp